堤木象さんの作品 ヨモギから煮出した色でヨモギを染めている
東京から丹後に移住した染色作家は、あることに気がつく
「丹後産地には、まだ引き出されていない可能性がある」
やがて可能性のカケラは
長い年月をかけて一つの結晶へと姿を変える
その名は「TANGO+(プラス)」
こんにちは、PARANOMADテキスタイルデザイナーの原田美帆です。染織工房「山象舎」堤木象さんと東かおりさんが産地に起こしたうねりを紹介する連載は、いよいよ機屋との関わり編へ。二人の作品に迫ったpart1、part2も合わせてお読みください。
自然と人のあいだに 染織工房「山象舎」 堤木象と東かおり part1
自然と人のあいだに 染織工房「山象舎」 堤木象と東かおり part2
山の麓に佇む 山象舎のアトリエ
「TANGO+(プラス)」は丹後の織物関連事業者17社が集まったチームの名前です。本格始動は2012年ですが、その原型は1998年まで遡ります。それまで、丹後の織物事業者は隣の工場で何を作っているのか、どんな技術を持っているのか殆ど知らず、産地内で横のつながりを持ち得ませんでした。それぞれが卸先である西陣や室町との縦のつながりで事業をしていたのです。
移住者として、染色作家として、様々な事業者と知り合う内に丹後産地がもつ技術の高さと多様さに気がついていった木象さん。「彼らに横串を刺してみたら面白いんじゃないだろうかと思って」。冗談めかして当時を振り返りますが、その思いは一朝一夕でかたちになったものではありませんでした。
堤木象さん
さらに時を遡り1988年のこと。東経135°日本標準時子午線最北の地で行われるアートプロジェクトのため丹後に長期滞在していた木象さんは、草木染めの魅力に開眼していました。積雪のためプロジェクトの作業ができない冬に、地域の商業施設で草木染めの小さな展覧会を開きます。「地元の人がそれを喜んでくれてね。癖になっちゃった」。もともと販売する予定はなかったのに、欲しいという声に押されて額装をした作品を販売します。またある日、滞在拠点の近所にある機屋から「君は染めをやっているんだってね。この反物の地紋起こし*をやってみないか」と声をかけられ、ほんのアルバイトのつもりで2反を染め上げます。東京から来た問屋はひと目見て「これが欲しい」と購入していきました。次も、その次も木象さんの手がけた反物は好評を得ました。他のプロジェクトメンバーはアルバイトのため東京に戻っていましたが、「ここでやっていけるんじゃないか」。木象さんは丹後での制作活動を考え始めます。
*地紋のある記事の一部を、その模様通りに地色と異なる色で染め加工すること
当時のフィルム写真
プロジェクトは完成し、仲間たちは東京へ戻っていきました。木象さんにも東京から仕事の依頼がありましたが、その頃には「残りたい」という気持ちが固まっていたのです。「地元の知り合いも増えていってね。可愛がってもらいながら色々と仕事をさせてもらった」。染めの図案を描いたり、土建屋のアルバイトをしたり、制作の傍らさまざまな仕事を経験したと話してくれました。当時の丹後半島はうらにし*の気候とあいまって独特の雰囲気だったと言います。「半島」という地形は半分を海に囲まれ、地理的によその地域から閉ざされた条件にあります。そこへ企業秘密の多い機屋が江戸時代から栄え、「立ち入り禁止」の張り紙があちこちに貼られていたそうです。
*丹後特有の気象。秋から冬にかけて天候が不安定になり、晴れていても急に雨が降ったりする
山象舎アトリエ風景
移住から3年がたった1991年。木象さんは大阪高島屋で個展を開くチャンスを得ます。そのきっかけは、機屋に持ちかけられた相談事でした。「白生地産地からの脱却を目指して精練加工場内に染色組合を作ったけれど、何を作ったらいいのか分からない」。自分たちのことを受け入れてくれた丹後産地のためにと製品の企画から売り場探しまで奔走します。ある時、自分の作品と組合の企画製品を持って百貨店の扉を叩きました。バイヤーからは門前払いを受けましたが「産地を支えないのか」と食らいつきます。木象さんの勢いに圧倒されたバイヤーは「僕も4人の上司を落とさないと企画は通せない。製品を預からせてくれ」。もっともな答えに対して「嫌だ。説明できないだろうから持って帰る。上司が見せてくれと言うなら、明日始発に乗ってでも来る」。事もあろうに突っぱねて丹後に帰って来てしまいました。
アトリエ壁のスケッチ 黄変した紙が年月を物語っていた
気になる続きはpart4にて。木象さん風に言うならば「普通だったらここで終わっちゃうよね。どうなると思う?」。さあ、楽しみにお待ちください。
原田 美帆 与謝野町在住
インテリアコーディネーター・現代アートスタジオスタッフとして活躍し、2015年からは丹後・与謝野町に移住と共にデザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立。織物は彫刻という独自の視点でカーテンを始めとしたテキスタイルを制作。また、マニアックな所まで的確にレポートするライターとしても活躍中。そんな彼女の美と食の記事は今後とても楽しみであります。PARANOMAD