外国のマルシェに並んでいるような、大きくて力強くて、しっかりと焼き込まれたパン。酪農家に生まれプロの格闘家を経て、フランスで農家パンの修行を積んだ太田光軌さんが焼き上げるパンを、ひとくち。
口に入れた瞬間の穀物の香り。
火の存在を感じる食感。
噛みしめるとじんわりと「たべもの」が身体に染み込んでいく感覚を覚えます。
こんにちは、PARANOMADデザイナー/自他共に認めるブレッドギーク(パンおたく)の原田美帆です。2回にわたりお届けする「農家パン・弥栄窯」。
part1は光軌さんの言葉を道標に、パンの世界へご案内します。
農家パン弥栄窯 太田光軌さん
フランスには、パン職人がパンを焼く「パン屋 – ブーランジェリ -」のほかに、農家が兼業でパンも焼く「農家パン屋 – ペイザン・ブーランジェ -」という形態があります。自ら小麦を栽培し、製粉し、パンを焼く。私たちが主食とする米と違って、パンを食べるには製粉という作業を経て、 酵母をおこし、生地をこねて、発酵させて焼く、多くのプロセスが必要です。家庭で行うにはあまりに大変で「たくさん作った方が発酵も安定するし、大きな窯で一度に焼いた方が効率もいい」ということもあり、パン屋はなくてはならない存在であり、職業でもあります。
農家パン修業証書は窯の横に
光軌さんは修行先で毎日800キロものパンを焼いた経験を「食糧生産を体現していた」と表現。パン屋によっては分量も測らず、卓球台位の大きさの作業台にひとかたまり200キロにもなる生地を広げて、発酵と追いかけっこしながら焼いていく。ガツンと焼き込まれたパンは素手で扱われ、時々床に転がってもサッと戻される。熱源が剪定枝なのは、薪が貴重だったころの名残。「だって我々は農家だから」。師と慕うセルジュさんは農家をしながらパンを焼き、自家発電と貯電器へ投資し原発大国へのアンチテーゼを行い、更生する青年を引き取って暮らしています。テーブルを囲む家族と仲間にパンを切り分けて、野菜のスープと一緒にいただく。そこにあるのは、食生活を分かち合って支えている誇り。家長がパンを切り分ける行為は、家族の命を支えていることの象徴なのです。
光軌さんの切り分けたパンをみんなで食べた、ワークショップの光景
「食べもののラインが違う」と感じ取った光軌さんは、現代の趣向品とは別次元の、命をつなぐ「パン」を見出していきます。
狩猟や採集から農耕へと人類が歩みだした頃、一粒でも多くの小麦を集めることは生死に関わる問題でした。そしてより多く収穫できる品種へと栽培化が始まります。スペルト小麦と呼ばれている古代種も、人が生み出したものです。小麦アレルギーを発症しにくいと言われていますが、その確率はまだ不確かで価格も高価。フランスには、スペルト小麦以前の品種を栽培してパンを焼いている農家もありました。「味が独特で膨らみも少なくて、製法も違う。バターのようなコクがある香りで、とても高価」。いかにグルテンを抑えて、日常食としての価格に着地させるか。弥栄窯は、グルテンを含まないライ麦と玄米を合わせたパンを生み出します。
型で焼かれる「セーグル・エ・リ」ご飯のようにおかずと合わせて食べられるグルテンフリーのパン
栽培、収穫の次は製粉。外皮が硬い小麦を食べるには、粉にするしかありません。長らく奴隷に支えられてきた製粉作業は、石臼の登場によって飛躍的に進歩し、そのエネルギー源をロバ、水力、風力、そして電力へと変えていきます。現在の製粉技術は「ヒトの作り出せる粒子を超えてしまった」地点まで到達。腸壁を詰まらせて吸収できなくなるほど細かく均一で、小麦アレルギーの原因の一つとされています。弥栄窯の蕎麦用石臼が引く大小のある粉は、食べものとして自然な姿。「能率は悪いけれど、早くひいた石臼と手触りが違う。触ったらいい粉は分かる。手がキャッチする」。
工房の壁に小麦のレリーフ
小麦の品種と製粉。一つ一つの事柄に、時流に流されず、見落とすことがないように向き合う。その根底にあるのは、自らがセルジュと分かち合ったパンを、日本でも何とかできないかという思いだと語ります。「戦後に入ってきた小麦粉はいろいろ飛び越えてきてしまった。粉との付き合い方、歴史、パンは分かち合うものという考え方。文化の源流がないと道に迷ってしまう」。野間の地に大きな目標を据え「そこに通じる細い道が必ずある」と光軌さん・治恵さんご夫妻は進んでいます。
太田光軌さん・治恵さんご夫妻
人類が培ってきたパンという存在は、麦の種も、酵母の種も、命そのものを分かち合ってきました。弥栄窯のパンを口にすると、その大きな分かち合いの一部になれる。それが、じんわりと体に染み込んでくるものの正体なのかもしれません。
原田 美帆
与謝野町在住
インテリアコーディネーター・現代アートスタジオスタッフとして活躍し、2015年からは丹後・与謝野町に移住と共にデザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立。織物は彫刻という独自の視点でカーテンを始めとしたテキスタイルを制作。また、マニアックな所まで的確にレポートするライターとしても活躍中。そんな彼女の美と食の記事は今後とても楽しみであります。
PARANOMAD