皐月に入り山の緑が深まると
山椒の実が収穫の時を迎えます
「大江山のが辛くていいと話しとんなったで」
「庭のをぼるだけで一杯だあや」
こんにちは、PARANOMADデザイナーの原田美帆です。佃煮に入っている緑色のつぶつぶ「山椒」。ここ丹後では家庭でも山や庭木から収穫して日常的に食べられています。冒頭の会話は「大江山で採れる山椒はとっても辛いと話していたよ」「庭の山椒を採るだけで一杯になるわ」という内容の丹後弁。山椒仕事をしていると、家中が山の精気のような香りに包まれます。
実山椒をいただく食文化は、関西では兵庫や和歌山を中心に昔から親しまれてきました。丹後の老舗旅館として創業した料亭 和久傳でも「ちりめん山椒」は長く愛される一品です。丹後の食文化を全国へと届けるため2007年より植樹をスタートさせ、約3万本の樹々が育つ「和久傳ノ森」には山椒や桑の木などが生い茂っています。
和久傳ノ森にて 収穫の様子
「山椒の旬はとっても短くて、数日しかないんですよ」。枝の先に実った山椒を摘みながら、農家 本田進さんが教えてくれました。口に含むと、辛みよりも鼻に抜ける爽やかさに驚きます。続いて桑の実をつまむと、じわりと甘みが広がりました。より甘くと品種改良された果物をいただくことが当たり前になった現代に、山と土の香りがする自然の味が嬉しい。「昔は養蚕が盛んだったから桑の木もたくさん植わっていて。子どものおやつは山から自分たちで採ってきたんだ」。女将 桑村綾さんと共に和久傳ノ森を育ててきた進さんは、かつて織物振興の仕事に携わっていました。その隆盛を機屋とともに歩み、今では農業と食の分野からも丹後を支えています。
収穫したての実山椒
籠に入れられた実山椒は、淡い緑色から一部に赤みがかかったものまでさまざま。和久傳のちりめん山椒に使われるのは、まだ硬い皮に覆われていない「若摘み」の山椒。薄皮をめくると、半透明の実が姿を現します。収穫は少し早くても柔らかすぎて煮崩れてしまい、遅くても固くなってしまう。ほんの2、3日というタイミングを見極めて行われます。皮が厚くなったものは粉末に加工され、和久傳ノ森にある工房レストランwakuden MORI(モーリ)でも提供されています。
収穫された山椒は熱をもつ性質があるため、まず湯がいて成熟の進行を止める。その後に枝から外して冷凍保存へ。ちりめん山椒は年間を通じて作られる定番の品ですが、この時期にだけ作られる特別な味があります。山椒の青さとちりめんじゃこの白さが際立つ、初夏のちりめん山椒。調味料もほんの少ししか加えず、鍋にかける時間はわずか10分ほど。
「パリッと仕上げるために、混ぜすぎない事が大切です」。工房長 瀧村幸男さんが山椒を振り入れると、鮮烈な香りが身体を突き抜けてゆきました。しゃもじでさっとまとめて、仕上げはオーブンで水分を飛ばして。山と海が一つになった、ちりめん山椒の完成です。
近年では、ヨーロッパやアメリカでも和製ハーブとして注目の集まる山椒。ここMORI(モーリ)でも、和三盆と合わせたソーダがメニューに並んでいます。清涼感たっぷりのドリンクは暑気払いにぴったり。この夏から登場したパフェでも、山椒のアイスクリームが暑さを洗い流してくれるようです。桑の葉を使ったシフォンケーキや桑の実のジャムが合わさり、グラスの中には丹後の自然が広がっていました。季節の移り変わりと共に、旬の果実が登場するとのこと。
山椒の粒が浮かぶソーダ
初夏、丹後には美しい緑の宝石が実ります。
「うみゃあで いっぺん食べてみないな」。
山の命が吹き込まれた粒をひとくち。
さぁ、召し上がれ。
和久傳の表現するもう一つの丹後「丹tan」を訪れた「台所へ帰ろう 京都三条北白川橋「丹」前編」、料理長 北嶋靖憲さんと生産者を回った「台所へ帰ろう 京都三条北白川橋「丹」後編」も合わせてご一読ください。
原田 美帆 与謝野町在住
インテリアコーディネーター・現代アートスタジオスタッフとして活躍し、2015年からは丹後・与謝野町に移住と共にデザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立。織物は彫刻という独自の視点でカーテンを始めとしたテキスタイルを制作。また、マニアックな所まで的確にレポートするライターとしても活躍中。そんな彼女の美と食の記事は今後とても楽しみであります。
PARANOMAD