ミントのように青々として
シトラスのように爽やかに香る
ああでも この苦味を何と例えよう
喉がゴクリと音を立ててしまう
こんにちは、PARANOMADデザイナーの原田美帆です。ビールの主原料のひとつ「ホップ」は麻科のツル性植物に実る毬花(まりばな)のこと。松かさのように苞(ほう)が重なり、カサカサとした独特の触感をしています。毬花を割ると、中から黄色い粉が現れました。
「黄色い粉はルプリンと言って、よく花粉と思われるのですが樹脂性の分泌物です」。ホップ畑に集まったビールラバーに向けて話しているのは、京都与謝野ホップ生産者組合 好地史(こうち ちかし)さん。ホップ事業に関わる地域おこし協力隊として2017年に移住されました。夏のある日、丹後・与謝野町にあるホップの圃場にて「HAPPY HOPPY NIGHT PARTY」と銘打った小さなパーティーが開かれました。
地域おこし協力隊 好地史(こうち ちかし)さん
アーチに添って育つホップが夕日に照らされて、たわわに実った毬花はまるで果樹のようです。美しい夏の夕焼けが広がる加悦谷平野は、良質な水と寒暖差があり昔から米どころとしてその名を知られてきました。この地でホップ栽培がスタートしたのは2015年。有志の生産者組合が結成され、土地にあった品種の選定から栽培の工夫まで研究を重ねています。2018年には約500キロの収穫があり、国内11社の醸造所に販売されました。これは、実は画期的なことなのです。1877年に始まる日本のホップ栽培は、その殆どが大手飲料メーカーの契約栽培でした。そのため、マイクロブルワリーと呼ばれる小規模の醸造所では乾燥保存されたホップを輸入するしかありませんでした。「新鮮なホップを使ってビールを作りたい」。ブルワーたちの思いを叶えた日本初のフリーランス生産販売を実現したのが、与謝野ホップなのです。
現在は生産者組合のサポーターとして奔走する史さんですが、目標は自分の醸造所を作ること。きっかけは10年前に道後温泉で飲んだ地ビールだと教えてくれました。たくさんの種類が並び、その場で注いでもらったビールをテイクアウトするかたちも斬新でした。「自分で作ってみたい」。一途な想いを胸に研鑽を積み、志を共にする仲間との出会いを広げています。
さあ、お待ちかねの乾杯!ホッピーナイトが始まりました。史さんセレクトのクラフトビールがずらりと並び、味わいや香りの違いを皆で楽しみます。美しい夏の夕暮れを、美味しいビールと共にシェアする。なんて豊かな暮らしでしょうか。お料理はPizzeria e Pescheria e Bar uRashiMaのスペシャルケータリング。ルーコラをチーズで巻いたサラダ、地タコのレモンマリネ、トビウオのチーズパン粉焼き、お米のコロッケ、ビーツのバルサミコなど大皿から取り分けていただきます。
やがてあたりは暗闇に包まれて、キャンドルがテーブルを照らします。赤ら顔の参加者はホップ水でクールダウン。ちぎったホップを水に入れるだけで、清涼感たっぷりのハーブドリンクが味わえます。
ホップはビール造りに欠かせない原料。香りと苦味を添え、泡持ちをよくし、殺菌効果も持つなど複合的な役割を果たしています。アメリカに始まるクラフトビールのムーブメントはホップの香りが立ち上るIPAと呼ばれるスタイルをひとつの特徴とし、これまで喉越しと苦味に重点が置かれてきた日本のビール市場にも変化をもたらそうとしています。もうひとつの大切な特徴は、地域に根ざした存在であること。史さんは数多くのブルワリーがあるアメリカ・ポートランドを訪れて、カフェのように人が集う場にもなり得ることを実感したと言います。「僕の醸造所も、地域の人が気軽に訪れて外の人とコミュニティが作れる場にしたいと思っています」。
寒い冬を耐え、緑に包まれる春を喜び、青い海が輝く夏を越えて、実りの秋を味わう。好地史さんのビールには、きっと丹後に暮らす喜びが表現されていることでしょう。今から待ちきれない、ああ喉がゴクリと音を立ててしまいます。
原田 美帆 与謝野町在住
インテリアコーディネーター・現代アートスタジオスタッフとして活躍し、2015年からは丹後・与謝野町に移住と共にデザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立。織物は彫刻という独自の視点でカーテンを始めとしたテキスタイルを制作。また、マニアックな所まで的確にレポートするライターとしても活躍中。そんな彼女の美と食の記事は今後とても楽しみであります。
PARANOMAD