お父ちゃんはお酒を飲んでご機嫌だ
「へしこ上げてきて」と言われたら
糠の中から魚を取り出して持っていくんだ
「食べてみるか」 言われて膝の上でぱくっ
うえっ　しょっぱい
お父ちゃんがウチを見て笑ってる

こんにちは、PARANOMADテキスタイルデザイナーの原田美帆です。福井県・若狭地方と京都府・丹後半島の郷土料理「へしこ」。青魚を塩漬けにし、さらに糠漬けにした保存食です。古来より冬期の貴重なタンパク源として人々の生活に欠かせませんでした。現在では伝統料理としてお土産品としても販売されています。

「塩は7%だで」。

丹後弁を交えながら、へしこ作り講座が始まりました。昔から地域で受け継がれた秘伝のレシピです。「簡単だで、教えてやることなんかにゃあで」。講師は丹後町此代(このしろ)地域に暮らす「おっちゃん先生」。この地域で食堂「レストこのしろ」と牧場を営む平井宏明さん、 山本ユミさんは、一昨年おっちゃん先生に漬け方を教わりました。翌年に自分で漬けようとしたところ「これでよかったかな？」と不安になり、そこから監修に来てもらうようになったそうです。へしこの材料は青魚、糠、塩、唐辛子とシンプルですが、それだけに分量には気を使います。

塩漬けされた鯖

この日は講習2日目。一週間前に塩漬けした鯖からはたっぷりの水分が出ていました。漬物用のバケツに糠を撒き、鯖をぴっちり並べて、また糠を撒いていきます。今年はカフェを営む料理人たちも講習に参加。おっちゃん先生に、糠や唐辛子の量を見てもらいながら作業を進めました。途中「唐辛子はもっとだで」と言われてびっくり。「こんなに入れるんですか」と躊躇しますが、おっちゃん直伝レシピの美味しさを知るからこそ、「種が入ってないから辛みが少ないのかな」「あの旨味の秘密はここにあるのか」と研究に余念がありません。

この辺りの集落では、昔から味噌や醤油などの発酵食品を家庭で作ってきました。「味噌を作るのが上手な人、醤油がうまい人なんかがいて、みんなその家に買いに行ったんだ」とおっちゃん。「僕はその人たちのレシピを教わっただけだから」と謙遜しながら、現在ではご自身で味噌も醤油もへしこも作られています。
「昔はイワシがたくさん獲れたから、イワシでも作ったもんだ。頭も鱗もつけたまま漬けるんだで」。これにも料理人たちは驚きました。「そういえば、確かに此代のへしこは骨まで柔らかい。発酵の働きで骨まで分解が進んでいるのかしら」。糠から取り出したへしこは、火を通さない状態でもいただけます。魚の旨味を十分に吸った糠も美味しく、それだけで食べてもチーズと合わせてもお酒のすすむ肴なのです。少し塩気が欲しい時にさっと食べられる日常の食材として、地域で愛されてきました。

仕込みを続けながら、話題は丹後で食べられる食材へと広がって行きます。「カメノテも美味しいよね」。聞きなれない食材ですが、海のそばに住む人には慣れ親しんだ殻を持つ動物です。岸壁にくっついた姿は亀の手そのもの。海外では高級食材として流通しているけど、ここではおやつ感覚で湯がいて食べるのだそう。また、春先からはワカメやアカモクなど様々な海藻が採れます。実は、健康長寿の町としても注目されている丹後。豊かな食材と食文化がその秘訣であること、皆さんはもうお分かりですよね。
おしゃべりの間に、へしこ漬けの作業は終了。完成は約半年後です。季節が巡る間に、丹後の人たちは山菜を食べ、海藻を食べ、魚介を食べて、あっという間に旨味たっぷりのへしこを食べる日がやってきます。

先生を囲んで

原田　美帆　与謝野町在住
インテリアコーディネーター・現代アートスタジオスタッフとして活躍し、2015年からは丹後・与謝野町に移住と共にデザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立。織物は彫刻という独自の視点でカーテンを始めとしたテキスタイルを制作。また、マニアックな所まで的確にレポートするライターとしても活躍中。そんな彼女の美と食の記事は今後とても楽しみであります。PARANOMAD