朝に水揚げされた魚をほんの少しだけ干して、昼には食卓に並べる。海の幸に恵まれた丹後・宮津で続く昔からの魚の食べ方。
こんにちは、PARANOMADデザイナーの原田美帆です。丹後でいただく旬の海産物は、都市部のスーパーでは見かけないものも少なくありません。お魚の干物も表面はつやつや。食べてみると、みずみずしくて驚きます。これが干物?
わずか数十分の「一刻干し」は保存のためではなく、美味しく食べるための調理法だと教えてくれたのは「カネマスの七輪焼き」五代目 谷口嘉一さん。宮津駅からほど近い三角形のお店で、丹後の魚と宮津ちくわ、旬のお野菜と丹後産コシヒカリを頬張りました。嘉一さんが絶妙なタイミングで焼き上げてくれます。
カネマス五代目 谷口嘉一さん
カネマスのルーツは全国の特産品を卸売する廻船業者として明治二年に始まります。北前船が物流を担っていた時代、文化と物資の交流点として北は北海道の昆布から南は九州の焼き物までありとあらゆるものが集まる場所、それが宮津の漁師町から河原町にかけて通る問屋街でした。
北前船で運ばれてきた焼き物
豆や昆布、醤油やお酢の量り売りなど続けていた谷口商店(カネマス)に嘉一さんがUターンしたのは十年と少し前。販売量は減り、店を構える生家の通りも元気を無くした様子を見て「何かしないと」と新しい道を探り始めます。見渡すとそこには地域一美味しいと言われる滝上山の水、旬の食材、地域で作り続けられるお酢や醤油、明け方に焼かれるちくわ、一刻だけ干される魚…この土地が持つ豊かさが溢れていました。
人気メニューのちくわは宮津の特産品
「美味しさを伝えるには食べてもらうのが早い」。嘉一さんは飲食店に目標を定めます。近所に住まう友人の父親が間人で炭焼き職人をしていたことと、料理家ではない自分ができる提供方法が結びつき、七輪焼きという答えが出ました。宮津・丹後の恵まれた食文化と街の歴史に出会う「カネマスの七輪焼き」の誕生です。
地元の木材からできた炭
国道沿いの「カネマス七輪焼き」から街道を歩いて3分。旧街道に乾物を取り扱う谷口商店(カネマス)と一刻干しの工場が向かい合って建っています。朝7時半に栗田(くんだ)に戻る漁船から直接買い付けた魚は、二人の職人によって黙々と、ではなく冗談やおしゃべりを交えながら捌かれていました。路地裏に面した窓にはご近所さんの歩く姿が見えて、作業スピードの早さを忘れるほど朗らかな雰囲気。
背中合わせでも息がぴったり
捌いた魚を漬け込む液体は滝上山の地下水に昆布出汁、海水塩と純米酒、米酢をブレンドした特製の薄塩液。魚の種類や卸先によって濃度や時間が調整されています。キッチンタイマーが鳴るや否やさっと引き上げられ、串に刺して干す工程へ。
色鮮やかな連子鯛
整列したカマス
ばんじゅうに串刺の魚を入れて急な階段を上がると、土壁に太い梁が通った空間が広がっていました。魚の匂いは殆どしなくて、木や土の醸すほのかに甘い匂いが漂っています。「二階だから蒸すでしょう」。そう言われてみれば空気は湿り気を帯びているものの、じっとりした感じはしません。カネマスの一刻干しの味わいには、心地いい空間も作用しているようです。
奥には古い道具やザルもたくさん並んでいます
送風機をセットして約30分。薄塩液で光っていた表面はつや消しのような質感に。その薄皮1枚の下には、旨味を吸った身が詰まっています。この日の魚はカマス、カワハギ、連子鯛、サゴシ、白イカに伸子イカ。開店準備をしていた嘉一さんが工場に戻り、ランチに提供する出来立ての一刻干しをバンに積み込みます。
この瑞々しさ…!
水揚げから食卓までわずか数時間。これが、宮津の当たり前の美味しさ。日常にあるご馳走。
炭を熾して、一刻干しを並べて、カネマスが開店します。
ユーモラスな表情の魚たちが目印
原田 美帆
与謝野町在住
インテリアコーディネーター・現代アートスタジオスタッフとして活躍し、2015年からは丹後・与謝野町に移住と共にデザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立。織物は彫刻という独自の視点でカーテンを始めとしたテキスタイルを制作。また、マニアックな所まで的確にレポートするライターとしても活躍中。そんな彼女の美と食の記事は今後とても楽しみであります。
PARANOMAD