森の中を白い糸がはしっている
一歩うごくと
糸が交差する無数の点が見えて
一歩うごくと
糸の向こうに残雪が光っていた
2023年2月、与謝野町奥滝にある滝の千年ツバキ公園に《時代を超越し、出会いは繰り返す Repeated Encounters Across Time》と名付けられた作品が生まれました。
木々のあいだに、無数の糸を張り巡らせた“生地”です。アーティスト串野真也(くしの・まさや)さんと与謝野町の皆さんが約5ヶ月に渡り交流し、共に作り上げた風景がそこにはありました。
真也さんと与謝野町の出会いは2021年に遡ります。地域の魅力やその可能性をアートの視点から引き出す試み、アーティスト・イン・レジデンスプログラムのアーティストとして町に招聘されました。織物事業者とトークイベントなどの交流を通し、短期間では真摯に地域のことを扱う作品を作れないと感じた真也さん。プログラム終了時には過去に制作した《光るシルクで織り上げた能衣装》を展示しました。伝統文化とテクノロジーを掛け合わせた作品を通してシルクのポテンシャルを伝え、同時に自身がどのような創作活動をしているのか知ってもらう入り口だったと振り返ります。
2022年度は9月のキックオフミーティングからプログラムがスタートしました。集まった地域の人たちを前に、真也さんは改めて自己紹介を行います。生まれ育った因島の風景、ものづくりが大好きだった祖父との思い出、ティーンの頃の尖っていたエピソード…飾らない人柄に会場の空気が緩み、その後に続くワークショップも自然と盛り上がりました。与謝野町の人々と共に、地域の扉が開かれていきます。
9月から11月にかけて実施された3回にわたる公開リサーチツアーでは、参加者と共に多彩な事業者を巡りました。丹後ちりめんの老舗工場、紋紙屋、ママたちの縫製サークル、神社の獅子舞、氏神様へのご挨拶、移住者の手織り工房など、地域の人も知らない場所や活動が紐解かれていきます。個人でもたくさんの人に会ったという真也さんの目には、土地の膨大な文脈と、それを織りなす人たちのドラマが映り込んでいきました。「時間軸を経糸に、人の出会いがレイヤーのように積み重なって、目には見えない織物みたいだと思った」。織物とはなにか、という概念を乗り越えるような発想が、少しずつ作品の構想へとつながっていきます。
年が明けて2023年1月。いよいよ長期滞在が始まり、真也さんは繰り返し与謝野の冬山へ分け入っていきました。山道から獣道に入り、凍った水、割れた竹、朽ちた木を前に立ち止まり「自然の中から生まれる彫刻」に美しさを見出したこと。作品を持ち歩き、自然の造形物を台座に見立て、写真に収めたこと。アーティストの感覚が研ぎ澄まされていく様子を、私たちは中間発表会で聞くことができました。
「境界線を区切らず、どちらにもなり得るあいまいなグラデーションに、意志を持って点をおく」。自然と人工の美を分けることなく、真剣に作品のかたちを探す真也さんの言葉に皆が引き込まれました。「点をおく、という美意識はどこから育つのか」といった質問や「串野さんの感性を通して地域のことを好きになれた。丹後のために何かしたいと思う」、「美意識のフィルターを持って生活を眺める、これまでにない取組」と想いのあふれる言葉が行き交いました。その様子に「資本としてのアートではなく、“人の中にあるアート”は美と向き合うためのものだと思っている。それが皆さんに伝わって嬉しい」と答える真也さん。2年越しのプログラムは、いよいよ作品という結晶に向かいます。
それから約1ヶ月。静謐な森の中に姿を現した《時代を超越し、出会いは繰り返す Repeated Encounters Across Time》は、真也さんと地域の人が共に手を動かして作り上げられました。
離れて見るとおぼろげな白い塊に見えて、近づくと霧のように霞んだり、線に分解されたり。少し視点を変えるだけで見え方が変わる作品に、鑑賞者はそれぞれの想いを乗せて眺めているようでした。元は棚田と集落があった場所で、住民だった人には以前の景色が浮かんだかもしれません。少し視点を変えるだけで見え方が変わる作品は、移ろいゆく時間や自然の変化とも重なって見えます。「糸を結ぶ」シンプルな行為が積み重なり、作品へと昇華される。そのグラデーションに、丹後で紡がれてきた織物産業の未来が透けてみえるようでした。アーティストのもたらす新しい視座に触れて、与謝野町の人たちはそれぞれの“生地”を織りなしていくでしょう。
原田 美帆 与謝野町在住
インテリアコーディネーター・現代アートスタジオスタッフとして活躍し、2015年からは丹後・与謝野町に移住と共にデザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立。織物は彫刻という独自の視点でカーテンを始めとしたテキスタイルを制作。また、マニアックな所まで的確にレポートするライターとしても活躍中。そんな彼女の美と食の記事は今後とても楽しみであります。PARANOMAD