汽船行き交う阿蘇の海
今は緑の公園に
営みのかたちも変わりゆく
船から機へ その先へ

天橋立の松並木が目の前に広がる阿蘇シーサイドパーク。芝生の公園では、いつも子どもたちが駆けまわって遊んでいます。2023年、その景色を一望する『あまのはしだてテラス』と名付けられたウッドデッキが誕生しました。テラスに続くガラス戸を開けると、カフェのような空間が続いています。ここは『ファクトリーショップMARUTAN』。機織り工場の2階にあり、カタカタと織機の音が聞こえてきます。ふたつの場所は、丹後ちりめんの老舗 丹菱株式会社がオープンしました。

「丹後ちりめんを身近に感じてもらえる場所を作りたいと思って、少しずつ工事を進めてきました」。丹菱株式会社三代目 糸井宏輔さんに新事業のお話しを伺いました。数年前から従業員の休憩所や事務所を整備したいと考えていたそうですが、目の前の業務に追われる日々が続いていました。コロナ禍をきっかけに、工場の使われていない場所を活用しようと動き出します。その直前には自社ブランド「TRIP 1 TANGO」を立ち上げ、アパレル製品の展開を始めていました。丹菱が織り上げたポリエステルちりめんを使い、ジャケットやスーツのフォーマルからキャップやエプロンの雑貨まで幅広く展開するブランドです。ゆっくり見てもらえるショールームも作りたいとアイデアが広がっていきます。「飲食が提供できたら、より気軽に来てもらえるようになるのでは」、「この眺めを活かしてテラスも作ったら、いろんなイベントで人が集う場所としても活用できるのでは」。場所づくりは、可能性に満ちて大きく膨らんでいきました。

「僕は、もともと前に出るタイプではなかったです。自分も成長しながら、いろんな取り組みに向き合うことが大切だと思うようになりました」。ファクトリーショップMARUTANは、今では地域イベントやプロジェクトの会場としてもたくさんの利用者が集まるようになりました。2023年には社会人インターンを受け入れ、参加者が数ヶ月後にMARUTANでイベントを開くなど、新しい展開も見せています。ポリエステルちりめん製造を続けながら、新規事業を育てる。目まぐるしいほど忙しいはずですが「やってみないかと声をかけられたら、受け入れてみようと。これからは情報発信をしていくことが大事だと考えています。何よりMARUTANから笑顔が生まれることが嬉しい」と宏輔さん

ファクトリーショップMARUTAN-マルタン-の名称は、丹菱株式会社の前の屋号に由来しています。昭和35年に三菱アセテート(現三菱ケミカル)の指定工場として法人化する前は、丸丹糸宣工場としてビロードなどを製織していました。さらに丸丹のルーツを遡ると丹州汽船合名会社にたどり着きました。鉄道や道路が整備されていなかった江戸時代、丹後は北前船が寄港する重要な都市でした。MARUTANに展示されている「丹州汽船合名会社」と染め抜かれた法被、蒸気船の絵と共に「同国（丹後）岩滝港 支店丸丹組」と記された額が、この地で営まれてきた事業の変遷を物語っていました。

やがて鉄道と道路が整備され蒸気船事業は終わりを迎えますが、その頃には繊維産業が右肩上がりの時代に突入します。丹菱のある与謝野町岩滝地区には化合繊専門の精練加工場も作られ、丹後全体が活気にあふれていました。機場の目の前まで広がっていた阿蘇海も、埋め立て工事が行われ公園に変わりました。
 時代と環境がうつり変わる時、事業のかたちも変化を迎える。今年度はカフェ事業をスタートされます。宏輔さんが舵をとるMARUTANは、私たちにたくさんの笑顔をもたらしてくれる船となるでしょう。

原田　美帆　与謝野町在住
インテリアコーディネーター・現代アートスタジオスタッフとして活躍し、2015年からは丹後・与謝野町に移住と共にデザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立。織物は彫刻という独自の視点でカーテンを始めとしたテキスタイルを制作。また、マニアックな所まで的確にレポートするライターとしても活躍中。そんな彼女の美と食の記事は今後とても楽しみであります。PARANOMAD