白生地。
反物に触れる機会が減り、耳にすることが少なくなった言葉かもしれません。
真っ白な、染めも仕立ても施されていない織物のことです。
絹の放つ光沢と透明感のある白さを感じる、生まれたままの美しい姿。
絹織物製造「羽賀織物」羽賀信彦さんに、和装文化を支える現場を見せていただきました。
こんにちは、PARANOMADデザイナーの原田美帆です。与謝野町産地交流事業「ひらく織」でも一緒に活動している信彦さん。どの産地を訪れても、織機や準備機など細部まで観察される知識の豊かさに驚かされます。
機場に立つ羽賀信彦さん
羽賀織物で製造している白生地はその多くが「紋織物」という植物や幾何学模様、伝統柄などの図案が織り上げられたもの。生地メーカーから発注のあった反物を自社工場と出機(でばた)で織り上げ、東京や京都へ出荷しています。出機とは、糸と図案データ等を渡して織り上げてもらう協力関係にある機場のこと。信彦さんの仕事は精度の高い作業をする出機さんを見極めて采配したり、そのための工具を整えたり。生産を滞りなく進める管理役を担う機屋のことを親機(おやばた)と言います。
さまざまなセンサーが付けられた織機
「安定的な収入と雇用を守っていかないといけない」。
出機に仕事を発注することは、親機の大切な役割の一つです。メーカーからの発注に対応するには出機の協力が欠かせず、発注が少なくなっても出機の仕事をゼロにはできません。織り手の収入を途絶えさせることになるからです。家業に踏み込んだのだから、現場を守りたい。強い意志で仕事に向き合う信彦さん。
その表れの一つが生機(きばた)検査です。織りあがった反物に傷や汚れがないかを確認し、ときには修正も行います。織りあがった生地は丹後織物工業組合の中央加工場へ。セシリンという絹の表面にある膠質や脂肪、汚れを石鹸液などの薬品を加えて煮沸して取り除き、生地の幅や長さを指定された規格に仕上げる加工を総称して精練(せいれん)と呼んでいます。羽賀織物ではその後の検反も欠かしません。「精練前は機場で発生した汚れ落としや糸の織り込みなども修正することができるし、加工場で汚れがつくこともあるので後者も大切な作業」。白生地という製品上、特に汚れに気を使っているそうです。機屋仲間からも信彦さんの検反には定評があります。
「今、当たり前にできている製品もできなくなるかもしれない」。織り手はそのほとんどが70代以降の高齢者です。近年、反物の生産量が減少したことで問屋も親機も検反が厳しくなり、後継者不足に悩む機屋は少なくありません。経験も技術も豊富な世代が引退した後にどうやって補うのか。苦しい状況が続く業界ですが、羽賀織物は従来より幅の広い織機を導入し、製品を展開できるよう準備を進めています。
田舎暮らしが嫌だと都市部で働いていた信彦さんが家業に入り10年以上。現在では「京もの認定工芸士」として京都府からも高い技術力を認められるまでになりました。どこまでも丁寧に仕事に向き合う姿勢は、誠実な人柄そのもの。
「おじいちゃん子だったから、祖父が始めた仕事と設備を守りたかったというのが頭の片隅にあったのかな」。家族が作り上げてきたものづくりの技術は、未来に向かって紡がれています。
写真提供 羽賀織物
原田 美帆
与謝野町在住
インテリアコーディネーター・現代アートスタジオスタッフとして活躍し、2015年からは丹後・与謝野町に移住と共にデザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立。織物は彫刻という独自の視点でカーテンを始めとしたテキスタイルを制作。また、マニアックな所まで的確にレポートするライターとしても活躍中。そんな彼女の美と食の記事は今後とても楽しみであります。
PARANOMAD