初めまして、原田美帆と申します。
2015年に京都府与謝野町に移住し、デザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立しました。カーテンを始めとしたテキスタイル制作を軸に、ライターとしても活動しています。
深い海に潜るように、瞬く星空をなぞるように。
美しい丹後の魅力をお届けしていきます。
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丹後ちりめん。
皆さまは実際に見て、触れたことはあるでしょうか。
絹ならではのしっとりとした手触り、肌に馴染んですっと垂れる瞬間のなめらかさ。
無数の小さな凸凹が生地に陰影を生み出し、光を受けて表情を変えていく。
その凸凹 -「シボ」の世界へ、丹後ちりめん織元たゆう 田茂井勇人さんが導いてくれました。
田勇機業株式会社 代表取締役 田茂井 勇人氏
田勇機業株式会社が機場を構えるのは京丹後市網野町浅茂川。丹後産地のなかでも最も機屋が多く、そのほとんどが「八丁撚糸(はっちょうねんし)」と呼ばれる糸を自社で製造し、製品を織っていました。現在では「八丁撚糸」の工程を行っている機屋は丹後の中でも数えるくらいまでになっています。織物は「経糸」と「緯糸」が交差して、糸から1枚の生地になります。撚糸とは、緯糸に「撚り(より)」と呼ぶねじりを加えたもので、八丁撚糸には1メートルに3~4,000回転もの撚りがかかっています。
「うちではほとんどの織物に八丁撚糸を使っています」
この一言と共に機場の扉が開きました。さあ、撚糸のできるまでを見ていきましょう。
まず最初に「緯煮 (ぬきたき)」と言い釜で炊いて生糸全体を柔らかくすることから始まります。生糸は「セリシン」というタンパク質に包まれていて、ここでセリシンを半溶けの状態に。
緯糸の釜
この後も乾燥しないように、少しづつ水をかけながら。柔らかくなった生糸は撚糸機にかけるための管に巻かれ、撚糸がスタート。静輪(しずわ)という磁器製の重りをつけて、均一に撚りがかかるようにテンションをかけていきます。糸の太さによって番手の異なる静輪を組み合わせて。
水に浸けられた生糸
糸の太さによって様々な大きさの静輪
糸の太さによって、70時間もかかるものも。その間は、糸が切れていないか人の目で見てまわります。織物の工程では不具合が起こった時にセンサーが感知したり、物理的に停止する仕組みが数多くありますが、そこを修復して再稼働させるのは殆どが人の手。常に気を張り目を光らせて、機場に張り付いて。そんな理由から、機屋のまかないはさっと食べられるうどんが定番に。現在でも丹後には多くの製麺所があって、ソウルフードの一つになっています。
八丁撚糸機
撚り上がった糸は一週間ほどかけて、負担がかからないように乾燥。すると柔らかくなっていたセリシンが再び固まり、撚りが戻らないよう止める働きをします。この水撚りと言われる製法は世界的にも珍しく、和装独自の生命線とも言える技術と勇人さん。
豊かな水をたたえた日本だからこそ生まれた技術。しかし浅茂川地区は海に面していて、地下水が織物に適さなかったと言います。そこで機業組合は近くにそびえる高天山から伏流水を引き込み、独自の水道組合を立ち上げました。現在でも焼杉の建物が並ぶ浅茂川地区では、その独特の街並みと「大昭 仕切弁」と刻まれたマンホールを見ることができます。
風情ある街並みが今も残っている
寒さの厳しい土地で、水を滴らせながら長い時間をかけて糸を作る。
この製法を守り続けてきた「丹後人の辛抱強さ」が今日に技術を伝え、海外のメゾンからも注目を集めています。
溶け出したセリシン
たゆうの撚糸の種類は乾式も合わせると150種類以上。「21中4本に八丁撚糸で2850回転。その糸に30中の生糸を1本つけて上撚りをイタリーで1065回。そして出来上がった壁糸と26中7本に八丁撚糸で3060回転かけたものをイタリーの合撚機で上撚り480回。」
これが、そのうちの設計の一つ。21中というのは、糸の太さを表す単位。ごく細い絹糸は何本かを合わせて一本の糸を作るので、それを4本合わせて、1メートルあたり2850回転ねじります。そうやってできた糸に30中の生糸を合わせると、細い糸に対して螺旋状に巻きつく「壁糸」というものになります。それにまた別の糸を合わせて…何段階もの撚りが重ねられていきます。
一体どうやってこの組み合わせにたどり着いたのでしょう。気の遠くなる時間とたゆまぬ挑戦が、シボという糸の造形を生み出しました。織りあがった生地は、精練という工程へ。熱湯で炊いてセリシンを洗い落とすと、極限まで撚りがかけられた糸の戻る力が働き収縮しシボが現れます。
独自のシボを出す丹後ちりめん
丹後ちりめんは、絹糸という天然素材と人の手が生み出した宝石。
静寂な美しさをたたえた織物に、織元たゆうで出会いました。
田勇機業の美しい機場
原田 美帆
与謝野町在住
インテリアコーディネーター・現代アートスタジオスタッフとして活躍し、2015年からは丹後・与謝野町に移住と共にデザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立。織物は彫刻という独自の視点でカーテンを始めとしたテキスタイルを制作。また、マニアックな所まで的確にレポートするライターとしても活躍中。そんな彼女の美と食の記事は今後とても楽しみであります。
PARANOMAD