曇天を写して墨色の海に
潮風が吹き荒れる冬の丹後
なんて美味しそうな風景でしょう
ご馳走を待ちわびて喉が鳴る
こんにちは、PARANOMADデザイナーの原田美帆です。指先から凍えそうな冬の日本海を前に、ウィスキーを求めて口が乾いてきました。あの日を境に、こんな身体にされてしまったのです。
寒風吹く丹後の路地を、グラス片手に歩く集団が見えます。グラスはラップで封をされて、わずかに黄金色の液体が揺れている。海岸についた彼らは深呼吸をして、ラップをめくって…それが罠であることなんて分かっていたのに、パンドラの箱を開けてしまいました。つい10分前に口にしたウィスキーの香りと味。今、岸壁で味わうそれは別の世界に誘うように鼻腔を抜け、舌の上で妖艶な舞を見せます。グラスから漏れる感嘆の声が潮風にかき消される。私たちはアイラ島の風を感じていました。
「浦西(うらにし)*の空に季節風の風。冬の丹後はウィスキーの聖地、スコットランド西部のアイラ島と同じ環境になるんですよ。潮風を浴びた身体で感じて味わうウィスキーが、アイラウィスキー本来の美味しさです」。怪しい笑みを浮かべながら「カリラ12年」の味わいが変化する理由を教えてくれたバーテンダー田茂井義信さん。この日、Bar Beliniは7周年を迎えました。京丹後市網野町を地元に生まれ育った義信さんは、沖縄から東京まで名店で修行を積んだのちに帰丹。バー文化不毛の地と言われた丹後にお店を構えました。開拓者としてのリスクの奥に宝物が眠っていることに気がついたのです。Bar Beliniでグラスに注がれる至福の液体の正体について、これからTHE TANGOで紹介していきます。
この日に味わったウィスキーのほんの一部
さあ、二杯目をいただきにロッジに帰りましょう。海から戻った身体を温めてくれるのは「クリアチキンスープ ウィスキー風味」。チキンブイヨンの中に潜んだ「ワイルドターキー8年」が口内で香り立つ。「これは田茂井さんのアイデア。私も驚くほどの変化があって」サーブしながら教えてくれたのは、もう1人の主催者、tabel tableのハミルトン純子さん。アイルランド在住経験のある料理研究家として、丹後の食フィールドで活躍されています。「通常、食後酒として考えられがちなウィスキーに寄り添うコース料理は画期的なこと」とウィスキーナイトの持つ意味を教えてくれました。
続いて「バターミルクで焼いたソーダブレッド アイリッシュウィスキー風味のレバーパテ」が登場。奇しくもアイルランドはウィスキー誕生の地。純子さんのアイルランド料理には、丹後の食材がふんだんに使われています。例えば、バターミルクはミルク工房そらで製造されたもの。ソーダブレッドに合わせるのは、アイリッシュウイスキーの代表銘柄「ジェムソン」。お皿の上とグラスの中のペアリングは、異国をルーツとするものと丹後の風土というペアリングへリンクしていました。
「焼き牡蠣 燻製オリーブオイル添え」にはスモーキーな風味の強いアイラ島のウィスキーをセレクト。ゲストはカウンターに並ぶ各国のウィスキーから好きなものをオーダーしてもいいし、オススメのペアリングを頼むこともできる仕組みになっています。
牡蠣殻もウィスキーグラスに
「バーボン漬けポークのBBQ」には、もちろんバーボンを。甘く香ばしい風味の「メーカーズマークレッドトップ」なら、低温でじっくり調理された豚の旨味を一層引き立てて。一緒に焼いた椎茸の深い味わいに叶うのは森のウィスキー「宮城峡」。
「サゴシのパン粉焼き きのこソース」に広がるバターの甘みに「グレンモーレンジオリジナル」の甘い香りが呼応する。料理が先か、ウィスキーが先か。次々と押し寄せる口福なペアリングに目眩がしそう。
ジャガイモ、アンチョビ、玉ねぎに生クリームを合わせた「ヤンソンの誘惑」は風味の要素が多い分いろんなウイスキーに合わせやすいけれど、アンチョビに焦点を合わせるなら海のウィスキー「タリスカー」はいかがでしょう。塩気と相まってスパイシーに仕上げて。ジャガイモのほこほこ感に焦点を合わせるなら「宮城峡のお湯割り」で柔らかに。
「ビーフのギネス煮込み バターミルクで煮た蕪を添えて」と「ジェムソン」はアイルランドの王道ペアリング。お湯割にしてブラックペッパーを散らします。世界各国で生まれ様々なスタイルを持ったウィスキーの魅力が料理によって引き出されていくと同時に、純子さんの料理も義信さんのウィスキーセレクトで花開いていく。琥珀色のコラボレーションに溺れてしまいます。
読んでいるだけで酔いますって?デザートは別腹ですよ、ね。「柿のロースト」にはカクテルのブルー ブレイザーを、「ウィスキーで漬け込んだドライフルーツのシュトレン」にはカクテル ウィスキーマーマレードを。純子さんの自家製マーマレードから、程よい苦味がウィスキーと溶け合って。
「バーという存在ができることを探りたい」。義信さんにとって、ウィスキーナイトはBar Beliniが変容したかたちでした。丹後半島という器に、何かを満たす行為をBar Beliniと表現したらいいのかもしれません。今宵は「命の水」**ウィスキーとtabel tableのアイルランド料理をカクテルにして。スパイスは、この半島に集う人々。飲み干すことなど出来ない器に、次は何を注いでくれるのでしょうか。二杯目のサーブをお楽しみに。
Bar Belini田茂井義信さんとtabel tableハミルトン純子さん
*浦西(うらにし) 「弁当忘れても傘忘れるな」と言われる冬の丹後の気候を表す言葉。
**「ウィスキー」はアイルランド語で「命の水」という意味を持つ。
原田 美帆
与謝野町在住
インテリアコーディネーター・現代アートスタジオスタッフとして活躍し、2015年からは丹後・与謝野町に移住と共にデザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立。織物は彫刻という独自の視点でカーテンを始めとしたテキスタイルを制作。また、マニアックな所まで的確にレポートするライターとしても活躍中。そんな彼女の美と食の記事は今後とても楽しみであります。PARANOMAD