カシャン　トン
カシャン　トン

機音にただよう歌が聞こえてくる

カシャン　トン

美しい織物になりますように

カシャン　トン

子どもたちはいい子にしているかしら

カシャン　トン

機場があって　家庭があって　私の暮らしは続いていく

こんにちは、PARANOMADテキスタイルデザイナーの原田美帆です。織物産地・丹後を支えてきたのは名もなき職人たち。特に織り工程は、その多くが女性によって担われてきました。与謝野町岩屋地域で手織りネクタイを生産するKUSKAの織り手も、7名中6名が女性であり、子育て中の母親でもあります。

「実家が機屋だったんです」。入社2年目の職人さんに、織り手になったきっかけを訪ねました。家業は知美さんが小学生の頃にやめられていましたが、ハローワークでKUSKAの求人票を見つけ、子どもの頃の懐かしさがよみがえってきたそうです。「ものを作ることは好きで、この地域ならではの仕事に興味がありました」。

それまでは手機に触れた事もなくてと話し、いま織機に向かう姿は職人そのもの。ピンとのびた背筋、手元を見つめる目線、一定のリズムで動く手と足。日々の積み重ねが、ひとりの女性を職人へと変えました。「機はほんとうに奥深いです。気温と湿度で糸の張りが変わって、ちょっとしたバランスで織りやすさが変わる。織機調整はまだ出来ないですが、糸の毛羽立ちなどのメンテナンスはできるだけ自分でするようにしています」。

3歳と6歳の子どもを育てながら、職人としてものづくりにも向き合う。家族と過ごす暮らしの中に、織り手としての自分がいる。「お休みも取りやすいので、自分のペースで仕事ができます」。これからもこの仕事を続けていきたいという言葉を残して、機へと戻ります。

彼女の機音が心地よく響き始めます。カシャン　トン。

こちらの職人さんも入社2年目の織り手です。お子さんは6歳と4歳になり「お母さんはガチャンガチャンのお仕事だね」と話してくれるそうです。なんて愛おしい会話でしょう。「保育園からの急なお迎えにも対応できるので、本当に助かっています」。母親たちが働きやすい環境を作ることは、地場産業にとって欠かせません。

「私はとっても飽き性なので、これまで一度もやめたいと思わなかったことに自分が驚いているんです」。高校で繊維デザイン科に在籍し、授業の一環で手機を体験したことがありました。卒業後は繊維の仕事に就かずさまざまな職種を経験。結婚と出産を機にパートの職探しを始め、とりあえず面接を受けてみようかな…という気持ちでKUSKAを訪れます。「面接ではなくって、工場を案内してもらう時間でした」。職業として再び手機と出会い「これはすごいな」と惹きつけられたそうです。

「長いこと織っている柄は、身体が覚えているので無心で織れるんですよ。だから、柄が変わると大変です」。経糸の張りを変えるために重りを調整したり、糸同士がくっついてしまう現象を直したり…一連の調整作業を自分で行い、無事に織り出せた時には「やったな！」と達成感もひとしお。

経糸の張りを調整する重り(写真手前)や静輪(写真左上)

最初の1年は同じ柄を織り続けていたので、初めて違う柄を織ったときはパニックだったと言います。先輩たちに教わりながら覚えていったという調整は、柄が変わった時だけではなく、日々欠かせません。移り変わる季節、天候、気温、湿度に自分の身体感覚が合わさって、機はずっと変化し続けます。同じ作業の繰り返しのように見えて、一度も同じことがない。織り手さんを惹きつける秘密が、ここにありました。

明日はまた、今日とは違う糸に出会う。カシャン　トン。

織り手さんたちのお弁当が並ぶ　お昼休みの風景

いつの間にか作り手や産地との距離が遠のいてしまった現代。丹後産地の一角、与謝野町岩屋地域に工場を構えるKUSKAにはどんな作り手がいて、どんな暮らしが営まれているのでしょうか。その一端を綴るシリーズはpart2へと続きます。カシャン　トン。

原田　美帆　与謝野町在住
インテリアコーディネーター・現代アートスタジオスタッフとして活躍し、2015年からは丹後・与謝野町に移住と共にデザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立。織物は彫刻という独自の視点でカーテンを始めとしたテキスタイルを制作。また、マニアックな所まで的確にレポートするライターとしても活躍中。そんな彼女の美と食の記事は今後とても楽しみであります。PARANOMAD