もし世界に境界がなければ
わたしとあなたはひとつになれるかもしれない
でも
もし世界に境界がなければ
わたしはあなたを想うことさえできないでしょう
「境界」と聞いて思い浮かぶもの。国境、この世とあの世、宗教観、性差…私たちの生きる世界には、無数の「境界」が存在しています。2021年秋、与謝野町で開かれた京都府域展開アートフェスティバルにおいて「Boundaries」という作品が展示されました。和訳すると「境界」を意味します。
クラゲの遺伝子を組み込まれたカイコが、光る糸を吐き出す。遺伝子操作によって生まれた糸で織り上げたのは、翁の能装束。「能は生と死の領域を行き来する不思議な舞台。その中でも『翁』は神に最も近い存在として描かれているのです」。作者の一人 デザイナーの串野真也さんが、作品のテーマについて話してくれました。「作品を見たとき、遺伝子組み換え技術が使われているとネガティブな気持ちを抱く人もいるでしょう。同時に、装束そのものの美しさに心打たれるかも知れない。知識と感情が相反することに、戸惑いが生まれる」。境界を象徴する能装束が、人のうちに眠る無自覚な境界を揺るがすという構造になっているのです。
蚕は5千年もの昔から品種改良され、家畜化されてきた生き物です。桑を与えられなければ自分で生きられない生態に作り変えられ、私たちはシルクの恵みを受けてきました。現在では医療をはじめ多くの分野でその性質に注目が集まり、技術開発が行われています。どこまでを品質改良の努力として受け入れ、どこから神の領域を侵す行為と見なすのか、境界線はどこにあるのか。曖昧な線引きは、私たちの中でたよりなく漂うばかりです。
「僕は、アートには食との親和性があると思っています」。この日は真也さんが企画した「境界のないレストラン」が開かれる日。京都市内に「Restaurant Koke」を構える中村有作シェフが、与謝野町で一夜だけの特別なレストランをオープンしました。丹後の食材をシェフが咀嚼し、Kokeの一皿に変化させる。メニューは7品。
宮津湾の海水と貝のスープ、地元で作られるチーズと郷土料理のへしこや日本酒を合わせたスナック、椎茸揚げに鹿肉醤と夏野菜の麻辣香油添え、宮津のマゴチに草醤と乾燥させた夏野菜添え、鹿の黒にんにくとワインの煮込み、かき豆のスペイン風クリームブリュレ、さつまいものピュレにカスタードクリームを合わせて。
地域の内と外が皿の上で混ざり合い、溶け合い、ひとつの味わいとなって身体という境界に入り込んでいきました。テーブルを囲むゲストたちは、年齢も性別も職業もバラバラ。普段は自分と他者を区別する設定に囲まれていますが、美味しいものを頬張る笑顔やお腹を満たす幸福に境界はありません。食卓を囲めば、境界はみるみる解れていく…食の魔法を信じる真也さんが、地域と深くつながりたいと提案されたのでした。
翌日は与謝野町立古墳公園で「きょうかいを知らないご飯会」が開かれました。樹々の間を抜けて丘を登ると、屋外にかまどの火が焚かれています。もうもうと湯気が上がるなか、有作さんがお玉で釜の中をかき混ぜていました。レストランの看板も、入り口も、厨房もない。かまどの火で、丹後の素材で作ったおじやがグツグツと炊かれているだけです。
Restaurant Koke 中村有作さん(左から2人目)デザイナー 串野真也さん(左から3人目)
ひとつの火にみんなが集まって、持参したお椀におじやが注がれていく。子どもたちもめいめいに味わって、食べ終わるとすぐさま駆け出していきます。ここではきょうかいなんて誰も知らない。秋の透明な光が降り注いで、草木もみんなの笑顔もキラキラと輝いていました。
「Boundaries」から始まった境界を巡る体験。「境界」は物事を分断しながら、同時に私とあなたという関係を作り出す役割も持っています。自己と他者に境界があるから、相手を想うことができる。心の中の「きょうかい」は、世界を分けるためではなく、慈しむためにあるのだと集まった皆が教えてくれました。
原田 美帆 与謝野町在住
インテリアコーディネーター・現代アートスタジオスタッフとして活躍し、2015年からは丹後・与謝野町に移住と共にデザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立。織物は彫刻という独自の視点でカーテンを始めとしたテキスタイルを制作。また、マニアックな所まで的確にレポートするライターとしても活躍中。そんな彼女の美と食の記事は今後とても楽しみであります。PARANOMAD