機音が響いていた空間に音楽が満ちた一日
大人も子どももステップを踏む床には職人の足跡が刻まれて
紋紙が積まれていた一角では食の幸が湯気を立てている
そこに
染師 大下倉(たかくら)和彦さんのシブキが宙を舞った
こんにちは。PARANOMADデザイナーの原田美帆です。夏に訪れた高蔵染のアトリエは緊張感と静けさに包まれた空間でした。「この場所の可能性を広げていきたい」と構想していたイベントに、飛び込んできました!
大下倉和彦さんの歩みを綴った「無限の飛沫が染めるもの 高蔵染」も本編と合わせてお読みください。
「このイベントは、すでに始まっているんです。地元の人に “僕はここで、こういう生き方をしていきます”と宣言したということ」。リハーサルの音が遠くに聞こえる部屋で、和彦さんは会場準備を進めていました。かつて地域でも有数の規模を誇る機屋だった工場に、いま織機はありません。染めに事業を展開し、厳しい状況が続いた過去から「もう隠れない」と覚悟を決めた。その表情はとても穏やかでした。
かつて機場があった中庭から会場をのぞむ
BimBomBam楽団の演奏と和彦さんのライブペインティングを軸に、高蔵染ワークショップや丹後・但馬で活躍するシェフが集った1日限りのイベント「TANGO ART CARNIVAL」。地域の子どもや、かつて織り手だったかもしれないおばあちゃんまで椅子に腰掛けてみんなで演奏に聞き入ります。トランペット、ギター、ベースにパーカッション、アコーディオンまでも加わった音楽は誰もが体を揺らしたくなるような旋律。耳に気持ちいい音色、間にゆるいおしゃべりも挟まって観客を引き込んでいきました。音に包まれてスープやサンドイッチを頬張る人たち。中庭には秋晴れの太陽が降り注いでいます。
大人も子どもも夢中になるワークショップ
会場で出される地元産の食事
楽団メンバーの衣装には高蔵染のシブキが踊っていました。その出会いは2017年11月、とある音楽フェスティバルで出演と出展が重なったことから。以前から高蔵染のアイテムを購入していたというメンバーと意気投合し、次の春には丹後での初ライブを開催。「僕たちのコラボレーション期間はまだ短いけど濃いですよ」。バンドリーダーのトランペッターOhyama“B.M.W.”Wataruさんの言葉通り、楽器やグッズや楽団のフラッグまでありとあらゆるものがシブキで染め上げられています。
ギャラリーにも小さな子どもたちの姿がありました
「TANGO ART CARNIVAL」クライマックスはBimBomBam楽団と和彦さんが共演するライブペインティング。音と絵が同時に生まれる瞬間とはどんなものなのでしょうか。「僕たちはシブキをしている大下倉さんを支えるつもりで演奏している。みんなでシブキを完成させるんだって。大下倉さんが丹後でやろうとしていることも分かるから、音の力でエネルギーを送って、この先の可能性を感じられたらいいなと思う」。和彦さんの答えは「ライブペインティングは音に乗せられて引き出してもらう感じ。シブキ一つも伸びが違って、動く作品や奏でる作品が生まれてくる」。
さあ、音楽と同時に筆が走り出しました。ボクサーのフットワークのように小さく跳ねながら画面を見つめて、迷いなく腕を振り下ろしていきます。「シブキのテーマ」を背中で聞きながら描き出すのは飛翔するフェニックス。音と手拍子が混ざり合い、不死のエネルギーとなってシブキを飛ばしていく。テンポをあげて色が宙を舞って、和彦さんの向こうに広がる世界をみんなが見つめて。終演と同時に絵画は完成。客席にも漂う充実感に、皆で一緒に描いていたことが現れていました。
壁にかかったBimBomBam楽団のフラッグには、音楽が人を巻き込むエネルギーを象徴した「トルネード」が配されています。その隣には、かつてここにあったイタリー撚糸機のスイッチの配電盤が並んでいました。糸を回転させて撚りをかけていく機械の動きはトルネードのモチーフそのもの。ぞくっとする偶然が、渦巻いていたのです。これから、その回転はどんどん早くなっていくでしょう。二つの螺旋が重なる瞬間を目撃しました。
原田 美帆
与謝野町在住
インテリアコーディネーター・現代アートスタジオスタッフとして活躍し、2015年からは丹後・与謝野町に移住と共にデザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立。織物は彫刻という独自の視点でカーテンを始めとしたテキスタイルを制作。また、マニアックな所まで的確にレポートするライターとしても活躍中。そんな彼女の美と食の記事は今後とても楽しみであります。PARANOMAD