緑の景色に浮かび上がる
青の波打つ巨大壁画
白い紋様が指し示す
ここは丹後 織物の里
ものづくりの産地を訪ねる「クラフトツーリズム」が、国内各地で盛り上がりを見せています。職人の工房を訪ねたり小さな商店を巡ったりしながら、モノにまつわる歴史的背景や作り手の想いに触れるプログラムです。丹後にも、国内・海外から工房を訪ねる人が増えてきました。工房に入ったときの高揚感、職人の仕事を見たときの感動、美味しいものを食べたときの笑顔…たくさんのスペシャルな体験が産地で待っています。2023年、丹後のツーリズムに新しい体験「壁画」が加わりました。
工場の壁面をウォールアートに変貌させたのは、与謝野町で手織りファブリックを手がけるkuska fabric。久美浜出身のアーティスト210(ツーテン)さんに制作を依頼し、伝統産業×アートプロジェクトが動き出しました。本編の前章『壁画のある町から生まれる未来 kusaka fabric × 210 artworks Vol.1』にkuska fabricディレクター 楠泰彦の壁画への想い、210プロフィール、両者の出会いをつづっています。合わせてご一読ください)
大地が芽吹く3月、壁面を覆うように足場が立ちました。約1年をかけてプランを進めてきた壁画制作がいよいよスタートです。デザインは「丹後の海」「伝統(織物)」「ブルー」3つをテーマに、現代のストリート感と210さんのポップな作風を掛け合わせた完全オリジナル。躍動する波の中で、丹後に生息する生き物たちがサーフィンを楽しんでいます。大きな白い面は、kuska fabricが得意とする「ガルザ織」を意匠化したもの。日本では捩り(もじり)織と呼ばれ、高速織機では生産できない高い技術が必要です。kuska fabricを代表する織物が、大胆に落とし込まれました。
制作には210さんの母校、丹後緑風高校美術部の生徒も参加。約2ヶ月にわたる制作期間には国内外のデザイナーも視察に訪れました。「自分の好きなこと、得意なことであるアートを通して楠さんの想いを描けて嬉しい。地元丹後と壁画でつながれた感覚も、僕はとても嬉しいです」。差し入れをしてくれる人との会話、制作を労ってくれる仲間との休息…壁面で過ごした時間は、210さんの心身を丹後と結びつけました。Uターン間もない210さんは、今後の制作の方向性を考える機会にもなったそうです。「織物業界、壁画の素晴らしさ、丹後の魅力を知ってもらえるように今後も精進します!!押忍!!」完成記念のコメントには、画風さながら元気いっぱい彼自身のキャラクターが溢れていました。
春は新緑の中に、夏は日差しに照らされ、秋は紅葉と対比して、冬は雪化粧に覆われる。移り変わる四季と壁画のコントラストは、丹後の風景としてゆっくり広がっていくでしょう。タブレットやスマートフォンの中で大量のコンテンツが流れていくトレンドとは対局の体験が、ここにはあります。遠くから全体を見渡せば山々の表情にハッとして、近づいて見ると動物たちが現れる。端から端まで歩いてみたり、思い切り見上げてみたり。うつむいて小さな画面を見つめることに飽きてしまった人たちが、からだいっぱいの鑑賞体験ができる場所になります。
「『丹後織物のシンボル』として今後も国内外から多くの方々にこの壁画を見に来てもらい、地場産業の認知そして活性につなげ、産地の衰退を食い止めたい」。壁画制作を決めた楠は、丹後がもつ可能性を信じています。「丹後織物 300 年の美しいものづくりと誇りを胸に」唯一無二のグローバルブランドを目指して。kuska fabricは今日も一越ひとこし手織りを続けています。壁画の向こうから聞こえてくる機音に、耳を澄ませてみてください。
原田 美帆 与謝野町在住
インテリアコーディネーター・現代アートスタジオスタッフとして活躍し、2015年からは丹後・与謝野町に移住と共にデザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立。織物は彫刻という独自の視点でカーテンを始めとしたテキスタイルを制作。また、マニアックな所まで的確にレポートするライターとしても活躍中。そんな彼女の美と食の記事は今後とても楽しみであります。PARANOMAD