金属加工の町工場
機械を磨いた日々と
床を磨き続けた手
いま磨き上げるのは
かたちのないつながり
縁からものを生み出す未来
丹後は金属加工の一大集積地であることをご存知でしょうか。織機の部品をはじめ、さまざまな機械部品を作り日本のものづくりを根底から支えてきました。現在は100社以上がロボット、航空、車両、医療業界などで使われる製品を手がけています。
「丹後のものづくりを世界に発信する場所にしたいと思っています」。ヒロセ工業株式会社代表取締役 廣瀬正貴さんに“開発展示棟EN LABO(縁ラボ) ”でお話を伺いました。2023年3月、京丹後市大宮町にオープンしたものづくりのプラットフォームとなる施設です。業種も分野も関係なく、互いの強みとテクノロジーを融合させる場所を目指して開かれました。
昔ながらのノコギリ屋根をした建物に入ると、モダンで洗練された空間が広がっています。エントランスでは織物と融合したスピーカー、漆塗りや蒔絵が施されたチェスなどの製品が出迎えてくれました。ヒロセ工業の精緻な金属加工技術と織物や漆工の技が掛け合わされ、工芸品のような輝きを放っています。
ピカピカに磨き上げられているのは展示品だけではありません。工場に並ぶ製品も、加工する機械も、床も、全てが美しく整えられています。「私が入社した頃は会社としての強みがありませんでした。資金、設備、技術者もいない。掃除しか、始められることがなかったのです」。正貴さんは加工の合間の数十秒にたわしを持って硬くなった油を落とし、磨き上げはじめました。1968年に創業した廣瀬鐵工は昔ながらの町工場のイメージ通り、油とグリスがたくさんついた工場だったと言います。
工場が少しずつきれいになると、訪れる人が増え、人が増えるとよい緊張感が生まれ、職人たちの技も上がっていきました。受注が増えると従来の設備や技術では加工できないケースが増え、技術開発の強化へとつながります。何ができれば、ここにしかできない仕事を依頼してもらえるようになるのか。工業用ミシンの部品を作っていた54年前から、ヒロセ工業のものづくりは大きく変遷してきました。現在では最新鋭の切削機械でアルミ、鉄、ステンレス、チタンなどの金属のブロックから部品を削り出し、幅広い産業の部品を生産しています。正貴さんは、苦労してきた先代たちに「機械金属のあたらしいかたちを見せられるように」と前進し続けます。
飛躍を遂げたヒロセ工業がさらなる成長のために打ち出した策がEN LABOです。これだけのものづくりに到達してなお、1者だけでは何もできないと金属加工はもちろん、織物、農業、観光、アート…あらゆるカテゴリーを横断し連携できる拠点が必要だと考えました。そのきっかけは2015年に開始した自社製品開発です。一人のデザイナーとの出会いが次へと出会いの連鎖をもたらし、やがて新しい仕事や支援に結びつく。縁の大切さを体感してきたのです。
EN LABOがオープンして5ヶ月、すでに多くの縁が結ばれつつあります。これまで関わりのなかった地域活性化団体など製造業以外のつながりも生まれました。一見すると、そこから何が生まれるのかと思うかも知れません。団体とのつながりは、専門性を持つ大学生やベンチャー起業者との縁を呼び、切削マシンのプログラミング開発など事業プロセスのデジタル化に結びつこうとしています。
カテゴリーにとらわれない縁がものづくりに還元される。縁からはじまるものづくりで、一人でも多くの人に丹後を知ってもらいたい。丹後の子どもたちに金属加工の面白さを伝えたい。丹後で、ヒロセ工業でがんばってみようと若い人が集まれる場所にしたい。みんなの強い想いが、EN LABOを舞台に未来の丹後をかたち作っていきます。
原田 美帆 与謝野町在住
インテリアコーディネーター・現代アートスタジオスタッフとして活躍し、2015年からは丹後・与謝野町に移住と共にデザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立。織物は彫刻という独自の視点でカーテンを始めとしたテキスタイルを制作。また、マニアックな所まで的確にレポートするライターとしても活躍中。そんな彼女の美と食の記事は今後とても楽しみであります。PARANOMAD