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私の丹後波乗り事情 その弐 「CCZ反対!Surfing Contest」 My Tango surfing circumstance Part 2 「「Opposite CCZ!Surfing Contest」

 1988年4月(昭和63年) 町の有力者から八丁浜の埋め立て工事が始まることを聞いた。当時の建設省が全国各地に「沿岸域のもつ多様な機能を活用し、海浜の特性、地域の特性を十分に生かした施設の整備を行うことにより、地域住民が海と親しみ、集い憩える場としてのコースタル・コミュニティ・ゾーン(CCZ計画)を創造することを目的とする。」というものだった。つまりそれは、八丁浜を埋め立てしてリゾート施設を建設し、観光地の確率、雇用の促進、建設業者への仕事供給という行政指導の地方活性化計画のひとつである。当時の網野町役場へ問い合わせてみると箝口令(かんこうれい)が引かれており、誰一人この件に関して説明してくれることはなかった。

 

 この2年前には、浅茂川漁港防波ブロックが投入され、私たちが愛したサーフポイント「灯台レギュラー」の波が消え始めた。そしてこの計画は「灯台グーフィー」のロングブレイクを消滅させ、八丁浜の砂浜を半分消し去る工事内容だった。

 
1984年 灯台グーフフィーポイント

 生まれて初めて行政へ対して反旗を掲げた。ただ、サーフポイントが無くなるだけではなく絶好の磯場や砂浜をいとも簡単につぶしてしまうことに憤りを感じたのだ。ましてや、そこへリゾート施設(ホテル・プール・商業施設ETC.)計画があり、私には机上の空論でしか見えなかったのだ。真冬の風雪にさらされる海辺のプールやホテルの姿を想像すればするほど空しい夢の計画でしか考えられなかった。しかも行政が管理するとなれば責任の所在さえあやふやになる可能性だってある。税金の投入の仕方に異を唱えたのだ。

  友人・知人数名で「八丁浜の将来を考える会」を発足し、反対活動に狼煙(のろし)を上げた。しかし、地元の人の目はとても冷ややかだった。波乗りみたいな遊びで工事の邪魔をするのは、おまえらのエゴだ。観光地として活性するじゃないか!仕事場ができるじゃないか!の声がほとんどだった。反対運動をすればするほど私自身の稼業も町から遠ざかっていく苦しい時期を味わった。

  あえなく工事は何事もなかったかのように着工され、工事車両が行き来し、テトラポットが砂浜を埋め尽くし、海水は泥のように濁り、夏の子供たちの臨海学校はキャンセルされ、潮の流れは異常になり水難事故が増え始めた。

 その当時書いた詩がある。

 このカーブに来ると

海をやさしく見れない

海を厳しく見てしまう


釣溜が泣いている

潮が引き 現れた岩や石が

おびえて ふるえている


僕たち人は

恐ろしいことをへっちゃらで考えている。


誰のものでもないのに

僕たち人は

自分自身を攻めている


でも、海はデカイ

それをもなぎ倒す

勢いがある やさしさがある


海はデカイ

自然の一角として

見事にそれを披露している


海はデカイ

語りきれない表情と

秘められた力を隠し持っている


余計なことを思わせない凄みがある

心あたたまる海がある


海をやさしく見れない今の僕には

もう海を語ることはできないのか


その旋律はいつまで続く いつまで続く いつまで続くのだ。

 

 2001年9月(平成13年) 工事も半ばを経て町では埋め立て地の利用計画が進められていた。1987年の制定されたリゾート法(総合保養地域整備法)に伴い、施設建設へ目が向けられていた。噂に過ぎないが大手企業の参入や資本家によるホテルを含めた商業施設の建設など取り沙汰されていた。奇しくも当時の網野町商工会の理事を就任しており埋立地利用計画のゾーニング会議に出席できる機会があった。埋め立て工事完成予定まであと5・6年の猶予はあったが、国や京都府の肝入りなので具体化されるとなると今にもGOサインがかかりそうな勢いだった。

 

 2002年1月(平成14年) 

数回の会議を終え施設ありきの方向性にまたまた異を唱えた。

施設建設にはあまりにもリスクがありすぎだと信念を持っていたのだ。

商工会の会議で決まるものではなく、プランは出すが結論は網野町にあることもわかっていたので、町の幹部(町長・助役・担当役人)へ自分のプランを投げかけた。「芝生公園」だ!大型建物のないただの芝生公園プラン。福井県坂井市三国町の芝政ワールドへ視察も行った。丹後より北に位置し全国のゴルフ場の芝の生産地でもあるということを聞いていたので当時の芝政会長に芝生の特徴や極地観光についてご教授を受けた。そして、町幹部へ埋立地利用を図面にして提案した。


守山CCZ案1

大きな資金をかけず、住民や観光客が親しみ、自然との融合性の計れる真のコースタルコミュニティーゾーン(CCZ)の提案だ。


守山CCZ案2

既に町では予算の問題などで暗礁に乗り上げていたこともあり、施設建設からも舵を切り替え、現在の八丁浜シーサイドパークとして進みだしたのであった。


 2004年3月(平成16年) 京都府より新たな海岸整備計画が持ち上がった。

またまた難問だ。工事前から私が危惧していた砂浜の浸食予防・養浜はあっけなく失敗の連続だった。当初、京都府の建設関係者(政治家が言っていたのかもしれない)からは「一万円札を何枚並べても砂浜は維持する!」と豪語していたのだ。年一回コンサル会社が八丁浜を調査に来ても何も役にたっていないのである。八丁浜の潮流のことはサーファーに任せて欲しいくらいだ(笑)。


京都府第二期工事計画

その工事内容は、八丁浜沖合に長さ230メートル・幅20メートルの人工リーフの投入。海岸に40メートルと60メートルの砂止突堤延長工事なるものだ。もうこれが完成すれば八丁浜西側は確実に死んでしまうことは明らかだと思った。しかし、この工法で砂が溜まることもあるのです。それは場所の問題でこの位置には逆効果なのだ。潮流の関係でこの場所では無理なんです。ハイ!

  1999年(平成11年)海岸法・海岸保全基本方針が改正。

 平成11年に改正された海岸法により、新たに「海岸保全基本方針」「海岸保全基本計画」について規定されました。
これらは、
防護・環境・利用の調和した海岸の保全に関する基本的な方針を明らかにするとともに、地域の意向等を反映させるため、海岸保全基本方針を主務大臣が、海岸保全基本計画を都道府県知事が策定することとし、総合的な海岸の保全を計画的に推進するための制度体系となりました。国土交通省ホームページより引用)

  2004年3月(平成16年)

京都府より提案された第二期工事内容を覆すために動きました。上記に掲げた「海岸保全基本方針」の中に防護・環境・利用の調和という言葉があります。この利用という文言は、海岸利用が大きな意味とされています。利用できない海岸整備ではダメなわけです。また、地域の意向等を反映させるためとあります。地域住民の意思を謳っています。

 工事開始から約16年、先行きの見えない埋め立て地の将来。私たち地元民の心のよりどころである八丁浜。子供のころから遊んだ灯台の岩場。夕方になると海へ集まる老人たち。夕陽を眺める恋人。このすべてが私たちの原体験として心の奥に刻まれているのです。

 第二期工事の説明会が地元住民向けに開かれました。私は文章と図面を書き新たな提案をしました。しかし、もう私が異を唱えることもなく、住民の皆様が「もう工事はイラン!」と声を上げたのです。目から鱗(うろこ)ってこのことなんですね。4年後埋め立て工事は完了し。第二期工事はその後施行されることもなく現在に至っています。


今の八丁浜

 今からちょうど30年前の出来事か! と思うととても懐かしくいい思い出です。きっとこの地でサーフィンをやっていなかったらこんなことに首も突っ込んでいなかったでしょうね。もちろん公共事業が悪い訳でもありません。本当にこれで良かったかどうかもわかりません。また、計画を変更してくださった行政関係者・工事関係者の皆様にも今でも感謝し敬意を表しています。いろんなことがありましたが、ひとまずこのままで行きたい・生きたいです。   

                    

守山倫明
京丹後市・網野町出身
丹後のサーフシーンを確立させた第一人者であり、独自のサーフスタイルと海への敬愛する姿に皆「マスター」との愛称で呼んでいる。自身も守源旅館の3代目であり、マスターの創作する料理はどれもとんでもなく美味しく、全国に多くのファンを持つ。また旅館の中でサーフショップも営み、丹後に来る多くのサーファーをケアし続けている。

 

INFORMATION

名称
ソルジャーブルーサーフショップ
Name
Soldirblue surfshop
住所
京都府京丹後市網野町網野656(守源旅館内)
Address
kyoto,kyotango,amino656
URL
http://www.soldierblue.net
Url
http://www.soldierblue.net
名称 Name
ソルジャーブルーサーフショップ Soldirblue surfshop
住所 Address
京都府京丹後市網野町網野656(守源旅館内) kyoto,kyotango,amino656
URL Url
http://www.soldierblue.net http://www.soldierblue.net