カシャン トン
カシャン トン
機音にただよう歌が聞こえてくる
カシャン トン
かつて町中のお母さんが奏でていた音
カシャン トン
私の機音も重なってゆく
カシャン トン
機場があって 家庭があって 私の暮らしは続いていく
こんにちは、PARANOMADテキスタイルデザイナーの原田美帆です。産地に暮らす織り手を紹介するシリーズ、part1、part2も合わせてご一読ください。
「入社する前に地域の情報誌でKUSKAのことを知って、いいなぁと思っていたんです」。数年後、転職活動をしていた時にハローワークでKUSKAの求人票を見つける。「あの時の会社だ」。全くの素人にできるのかなという不安よりやってみたい気持ちが大きくて、機織りの世界に飛び込みました。
今では呼吸をするように機を操っていますが、最初は「シャットルもうまく飛ばせませんでした」。シャットルとは緯糸を巻いた管の入った木製の道具で、経糸の間をくぐらせて織物を一越(ひとこし)ずつ織っていきます。一越とは、緯糸1本のこと。適度な力加減と速度でシャットルを飛ばさないと、生地が固くなってしまったり経糸に絡んだり。力が強すぎると、織機の向こうに飛んでいってしまうこともあるのです。
シャットル 中に2本の管が見える
練習用の手機で、毎日繰り返し動作を覚えていきました。基本動作を覚えたら、いよいよ本番用の手機に移ります。「織機の高さも、足踏みの重さも、音の迫力も全然違いました」。ジャカードという装置の乗った大型の機に最初はおそるおそる、ゆっくり織り始めました。製品に取り掛かるプレッシャーもありましたが「きれいに織ることだけ集中したらいいのよ」という先輩の言葉に背中を押してもらったそうです。速さは後から付いてくるから自分のペースで焦らず取り組んでね、と。
シャットルの中にセットする管巻きの工程も、練習を積み重ねました。細い管に糸を巻く。一見すると単純な作業ですが、巻きつけのテンションが製品の風合いにも影響するとっても大切な工程。機織りが全盛期だった頃には、管巻きのみを専門で行う事業者もいたほどです。
管巻きの機械
彼女の子どもは中学2年生を筆頭に小学校5年生と4年生。習い事や行事だけでも大忙しのはず。だけど、自分に合わせた手機に向かうときは、一人の職人になる。家族と過ごす時間とはまた違った、かけがえのない時間が流れています。カシャン トン。
次に紹介する職人も入社前からKUSKAのことを知っていたと言います。2012年に入社するずっと前、東京に住んでいた頃から裂き織りに興味があったそう。結婚を機に神戸に移り、何気なく裂き織りを検索してKUSKAを見つけたと言います。さらにご主人と田舎暮らしを求めて兵庫県の但東町へ移住。ふと地図を見てみると、かつて調べたKUSKAは車で30分ほどの距離にありました。さっそく求人がないか問い合わせをしてみますが、残念ながら募集はされていませんでした。やがて子どもが保育園に入ったタイミングで募集がかかり、長い時間と距離をかけて入社となったのです。まるで恋愛のような巡り会い。
「織っていて面白いのは、音ですね。織っている時のみんなの音。それに目の前で出来上がっていくところ」。柄によっても音が違うのだと教えてくれました。難しいのは「新しい柄を織る時」。これまでに話を伺った織り手さんも同じことを挙げられましたが、それを「自分の身体に調子を焼き付ける」と表現しました。身体が動作を覚えるまでの鍛錬がいかに大切か、厳しい一面を感じさせられます。
担当はネクタイとストール。どちらも数年ずつ経験がありますが、久しぶりに触ると「あれ?こんなだったかな」と思うほどの違いがあるそう。シャットルを飛ばすためのバッタンという装置の早さも、力加減も、足踏みの重さも「全てが違いました」。それでも、一度感覚を思い出せば「身体は覚えているものだなあ」とすっと馴染んだそうです。
思うように織れなかった時には、退職していた先輩のところへも相談に行ったと言います。助言をもらい、行き着いたのは「最後は自分でやるしかない」ということ。一人ひとりの身体感覚がものを言う奥深い世界に、作り手としての覚悟が伝わってきました。さらなる高みへと挑戦する日々が、これからも続いていきます。カシャン トン。
織りあがったばかりのストール
KUSKAの織り手たちは皆「本当にいい気持ちで機に向かわせてもらっているんです」と言う。ゆったりとした気持ちで機音を奏でる。機音はやがてネクタイやストールになり、だれかの暮らしの中に届く。ふっくらと輝く絹糸の理由が、ここにもあるようです。カシャン トン。
原田 美帆 与謝野町在住
インテリアコーディネーター・現代アートスタジオスタッフとして活躍し、2015年からは丹後・与謝野町に移住と共にデザインスタジオ「PARANOMAD(パラノマド)」を設立。織物は彫刻という独自の視点でカーテンを始めとしたテキスタイルを制作。また、マニアックな所まで的確にレポートするライターとしても活躍中。そんな彼女の美と食の記事は今後とても楽しみであります。PARANOMAD